あがり症の克服は心理学と催眠で十分可能である

あがり症の克服は心理学と催眠で十分可能である

セミナーの司会をやったその日の夜、僕は興奮して眠れませんでした。

何度も何度もそのときのシーンを思い返しました。

できた~!

やっとできた~!

小学校のときから数えて、あがり症と22年も付き合ってきて、はじめて自分の中に住み着いている大きな魔物の存在を超えた気持になりました。

世間の基準でいうと、たかだか出番が10分もない司会をやっただけのことであり、ごくごく当たり前のことができただけなのですが。

僕にとっては、大きな出来事でした。

 

見出し司会は首にならなかった

司会は首にならなかった
僕は、司会からは外されると思っていました。

翌日職場へいくと、あいかわらすセミナーリーダーの矢吹さんは僕に何も言って来ません。

次回のセミナーはあさってなのでもう交代はきかないタイミングになっているのです。

何も言って来ないということは、次回も僕が司会をやらせてもらえると思い始めました。

内容は昨日と同じなので、準備は既にできている状態にあり、あとはあがらないための施策を練るだけでした。

僕は念のために、矢吹さんへあさってのセミナーに参加する人数の確認をさり気なくしてみました。

「矢吹さん、あさっての参加者は61人なので、テキストを71部準備しておきますね、、、」と一言声をかけたところ、、

ああ了解、

と返事が帰ってきた。

首の話は出てこない、、、

ってことは、司会は僕で良いということ、、、、

 

見出し半年かかってやっとできるようになった司会

半年かかってやっとできるようになった司会
首になると思っていた司会が、これからも続けさせてもらえると思うと、うれしかった。

と当時に、緊張とプレッシャーも感じた。

前回のようなカミまくりの司会では、許されないだろうし、もっともっと普通に話ができないとまずい、、、、、

僕にとって、司会をやりきったということは、ポジティブな大事件でしたがその後は、そう簡単にはことは進みませんでした。

何度もかんでしまったり、言い直しを繰り返す状態がしばらく続きました。

僕はその度に、焦りました、、、、

今回はさすがに首になるかも、、

と何度も思いました。

そこから、少しずつよくなりながら、だんだんとなれていきました。

講師の方も、リーダーも危なっかしい僕の司会を忍耐強く、よくなるのを待ってくれました。

特にセミナーリーダーの矢吹さんは、セミナーで何か問題が起きた場合には責任を問われる立場にいたので、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。

そして、それから半年後には、このレベルの簡単な司会はあがることなく、できるようになりました。

だだ、もっと長い時間話すものや、司会ではなくプレゼンになるとあがります。

それと、ギャラリーの数が100人規模になるとあがります。

そのエネルギーに圧倒されるのです。

僕は、今まで学んだことを全てを投入して、あがり症対策をしながら、少しずつ場数をこなしやっと簡単な司会ならできるようになったのです。

それにプラスしてその当時取り組んでいた>>あがり症改善プログラム<<の効果も加味されて、5~10程度の司会ならそれなりにできるようになりました。

それは僕が30歳なって最初の春の時期であり、その時点であがり症になってから23年もの歳月が既に流れていました。

 

見出しあがり症改善が停滞する時期が訪れる

あがり症改善が停滞する時期が訪れる
僕は、安心しはじめました。

普通の人ならあまりにも当たり前にできるであろう、5~10分のセミナーの司会。

過去の自分を考えたら、それができるようになったというのは、正に奇跡であり、人生最大の快挙でした。

だんだんと毎週司会をすることで、慣れてきました。

それに比例して、あがり症を改善する取り組みはしなくなっていきました。

まだまだ、やりしろはありまくりな状態なのにもかかわらずです。

今までずーっとこのことに振り回され続けてきた人生だったので、休みたかったのです。

セミナーの司会という僕にとっての巨大な壁を乗り越えたことで、しばらくこの問題への取り組みを休憩したいという気分でした。

そして、もっと高い壁の前に直面したら、またやりだせばいいか。

という気持もありました。

心理学と催眠をもっと有効に使えば、あがり症は克服できるし、さらに高い壁もこれらを使って乗り切ることができるという、確信が僕の中に芽生えていました。

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