悟史のあがり症歴

悟史のあがり症克服の軌跡、あがり症歴

私のあがり症歴と、あがり症への取組に関するスタンスをご紹介致します。

あがり症歴

悟史のあがり症克服の軌跡、あがり症歴
小学2年のとき、授業中に答えを間違え、先生とクラスのみんなら笑われるという体験をキッカケに、あがり症になる。

それ以降、人前で話す場面になると極端に緊張し、足・手・体・声が震え、頭が真っ白になり、自分の体が自分のものではないような感覚に陥るようになった。

小学4年生までは、なぜか授業中先生に当たられることがなく、なんとかやり過ごしてきた。

小学5年生の授業参観日で、腹式呼吸法を身に着け、緊張を抑える術を身に着け、2年間なんとか乗り切る。

中学生になると、さらにあがり症がひどくなり、それに対して、視覚の意識を聴覚にずらす方法、複式呼吸法でなんとか乗り切る。

しかし、どんどん、孤独になっていった。

高校生の時は、授業で指されることもなく、とにかく人前にでるような機会を避けてやり過ごす。

高校卒業後は、地方から東京の大学に入学。

以後、あがり症克服の本をたくさん読む、心療内科のカウンセリングを受ける、などの方法で改善を試みるが、なかなか成果がでない。

卒業後はカウンセリングスクールで働く傍ら、心理学、NLP、カウンセリング、ブリーフセラピーなどを学び、あがり症を克服するためにあらゆる努力を重ねてきた。

現在は、どうにかその場面で必要な話はできるようになっています。

そして調子が良いときは、人前でプレゼンするのは楽しいときもあります。

しかし、あがるときはあがります。

今は、ブロガーとしてマイペースな日々を送っている。

 

あがり症は自分で乗り切るしかない

悟史のあがり症克服の軌跡、あがり症歴
あがり症は「社会不安障害」とも言われますが、社会の中ではそれを扱う受容的な精神基盤がありません。

人前であがって、必要なメッセージを発言できない状態になった場合に起こるのは、聞き手からのその人への蔑視、蔑み、変人、バカ、情けない、恥ずかしい人という評価です。

ですので、あがり症になったら孤軍奮闘自分ひとりでなんとか道を切り開くしかありません。

もし、友人であれパートナーであれ、精神的な支柱になってくれる人と出会えたらそれは非常ラッキーです。

企業に入ると、あがり症の人は奇人・変人として扱われます。

助けは一切ないというのが現状です。

自分ひとりでなんとかするしかなく、なかなか居場所を見つけるのは難しいと言えるでしょう。

 

多くの心理学

悟史のあがり症克服の軌跡、あがり症歴
今の時代は、コーチング、セラピー、カウンセリング、NLP、ヒーリングなどの人間の心理を扱い、より良い方向に導くことができる手法が国内にもあり、お金はかかりますが学ぶことができます。

その点では、そこから解決の糸口が見つかる可能性があります。

それと同時に、長い時間と高額な費用を投資して学び実践しても、全く効果がないもののたくさん存在しています。

これは、個々のコンテンツの質が低いという理由の場合や、質は高いけれど自分との相性が悪いために起こる場合もあります。

この分野ではアメリカが最先端を行っており、日本はそれと比較をしてしまうと遅れていますし、教えている講師も酷いレベルの人が沢山います。

良い講師・トレーナーと出会うことは運次第と言えます。

それと、その道のプロとして活動している先生と呼ばれる人たちは、個人別の解決方法を知っているわけではなく、個人セッションをしても改善するかどうかというのは、全くの未知数で、これも運次第といえます。

結果責任は100%クライアントになるので、結果がでなければお金を払った側が丸損というのがこの世界のルールです。

結局自分のあがり症を治すことがでるのは、自分しかいないというのが僕の結論です。

しかし、あがり症は改善しなくても、人間の心理について学ぶことで、得るものはあるとは思います。

 

ちょっとしたチャレンジ

悟史のあがり症克服の軌跡、あがり症歴
このサイトに来られた方は、きっとあがり症で苦しんでいる方でしょう。

そして、その体験を共有できる人がいたらきっと楽になります。

あがり症そのものは解消しなくても、それを受容する気持ちが自分の中に芽生えれば、生きていくことが楽になるでしょう。

そのような出会いは、ちょっとしたチャレンジを時々していくと、偶然巡り会えたりするのだと思います。

そんなことを言うと、無理して大きなチャレンジをして撃沈して、更に自責の念を深めるような方もいますが、そうではなくてちょっとしたチャレンジを積み重ねて、怖くなったら逃げて良いんだと思います。

ときには逃げて逃げて逃げまくってもいいし、逃げまくっているとまた少しチャレンジしたい気持ちが湧き上がってきたらそうすればよいでしょう。

ちょっとしたチャレンジで失敗すると、笑われたりバカにされたりすることも沢山ありますが、それを続けていると味方になってくれる人が現れたり、そのチャレンジしている姿によって、感動や勇気を人にもたらすなんてこともたまに起きます。

そうやっていくと、少しづつ幸せに生きる糸口が見えてくるのだと思います。

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