あがり症はセルフイメージが変わると改善される

あがり症はセルフイメージの変化で変わる

僕は、マネージャーの佐原さんへ正社員にして欲しいという要望を出しました。

佐原さんが、僕に正社員にならないかと誘ってくれたのは、もう1年と7カ月も前のことだった。

その返事は、「佐原さんは分かった、手続きをとるから少し時間をくれ」

というものだった。

つまりokという意味です。

 

見出し正社員になるには司会であがらないとこ

正社員になるには司会であがらないとこ
僕は、バイトといっても、この会社では、フルタイムで働いて仕事の中身は正社員と全く変わらなかった。

周りの人たちは、僕があがり症であることに理解をしてくれていて、人前で話すような場面の仕事は回さないとう暗黙の了解が出来上がっていた。

これは、普通の企業ではありえない、あがり症の人にとっては極めて恵まれた環境である。

正社員になる条件は、司会であがらなくなることだった。

それは、マネージャーの佐原さんではなく、自分が自分にその条件を課していたのです。

そして、その条件を満たすのに1年と7カ月もかかってしまった。

しかし、僕はそれで良かった。

時間はすごくかかったけど、やっとたどりつけたのだ。

 

見出し大きな一歩を踏み出すことができた

大きな一歩を踏み出すことができた
そして、司会のしごとに慣れてきたので、もっと人前で話すことがしたくなっていた。

それと同時に、まだまだ不安もあった。

暗記できるような決まりきった言葉、短い内容だとそれほどあがらなくなったけど、セミナーをやるような、暗記できないボリュームの内容だと、あがってしまうのだ。

これをなんとかしたかった。

その頃「真剣に取り組めば物事はなんとかクリアしていけるし、時間はすごくかかったとしても、壁は乗り越えられるはずだ」というような確信を持つようになりました。

自分に立ちはだかるあがり症という巨大な壁の前で、為す術がない状態がもう20年以上も続いていたのだ。

今はその状態から、一歩外に出たことになる。

今は天国にいるような気分で毎日をすごしていた。

あがり症という重厚な牢屋から、一歩出て少しだけ広いエリアへと飛び出したような、自由さを満喫していました。

昔からやりたかった、新しいビジネスプロジェクトを立ち上げて、成功させるような仕事ができる、大きな会社には入ることはもうできないとは思う。

でも、今できることを少しずつやっていって、自分が取り組む範囲を少しずつ大きくしていくことをやり続ければいいと思うようになっていた。

当時はそのため>>あがり症改善プログラム<<に書かれている、人前で緊張を感じたとき、自分でその緊張を解消する方法を自分なりに取り入れ、トレーニングをしている最中でした。

これによって、あがってしまったときを切り抜けることができるようになれば、より活動の幅を広げることができると思う。

これからも、あがり症であることから、どうやって抜け出すかの研究と実践を積み重ねていこうと思っているし、それによって得られることがあるとも思う。

 

見出し底を打ったのかもしれない

底を打ったのかもしれない
僕は人生の底を打ち、少し上向きにその方向が向き始めていることを感じていた。

それと、同時に本当に自分がやりたいことはなんなのだろうか?という質問の答えに明確な回答ができず、もやっとしていた。

昔思っていた大きなプロジェクトを立ち上げるような仕事というのは、具体性はまったくなかった。

それは、実際に着手することでしか、具体性は生まれないし、その意味でなにも手を付けられていないまま今まで来てしまったわけです。

今までは、あがり症に振り回される人生だったので、自分で自分がどの方向に進めばいいのか?という思考をしないまま30年以上の年月を費やしてきてしまった。

とりあえず今できるのは、今の仕事に打ち込み、小さくてもよいので何らかの具体的な成果を出し続けるということに取り組もうと思っていた。

正社員になったからといって、給料はそれほどあがるわけでもなく、仕事の内容も大きく変わることはないけど、人生初の正社員というのは少しうれしかった。

初めて、なにかの組織に正式に迎え入れられるような気持ちになった。

今までは正式ではなく、暫定的な薄い関係に思えていたのです。

 

見出しあがり症ブログを始めてセルフイメージが変わる

あがり症ブログを始めてセルフイメージが変わる
その頃、僕は無料ブログであがり症についての日記を書くようになっていた。

自分が書けるテーマは、あがり症しかなかった(笑)

自分の人生で他に真剣に取り組んだものがなかったのです。

読んでくれる人は、ほんの少数でしたが、公のスペースであがり症について語るという作業は、匿名ではありますが自分の一番の恥部をさらけ出す作業であり、それによって自分の恥部を認めるという意識変容へとつながった。

あがり症である自分は絶対的に価値のない、恥ずかしいだけの存在であったのが、少しではあるが、それでも何らの価値はあるはずだというふうに自己認識に変化が生まれてきた。

その意味で、ブログというのは書く側にとってとても価値があると思う。

この会社で働き出すまでは、あがり症の自分は完全に孤独だった。

大学時代に付き合っていた麻友と、2年前まで付き合っていたゆり子以外には、だれにもこのことを打ち明けたことはなかった。

それが、今では職場のほとんどの人が分かってくれていて、匿名ではあるが、ネット上にもそのことを開示しているという状況になっている。

これは、自分の中では画期的な変化であったし、その変化は自分の気持ちを軽くしてくれた。

正直、今の自分の実態で見ると、あがり症を克服したのか?と聞かれたら、まだできていないと答えざるを得ないのですが、自分の心が軽くなったという観点でいうと克服したといっても過言ではなかった。

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