自分が「あがり症」になった原因を探る

このブログはじめての投稿です。

私があがり症になった原因、きっかけを振り返って見ようと思います。

自分が「あがり症」になって、それと自分がどのように向き合って来たのかを振り返るのは、なんらかの意味があると思うからです。

 

私が、自分が「あがり症」だとハッキリ意識したのは、中学1年のときです。

 

それまでは、上がる傾向はありましたが「あがり症」という言葉を知らなかったし、子供だったためかその捉え方が全く違うものでした。

 

それは中学に入った4月の英語の授業での出来事でした。

 

先生から、教科書の文書を読むように言われ、すっと立ちました。

 

教科書を手に持ち、文章に目をやった瞬間から、たかだか1行の文章を読むだけだったのに、頭が真っ白になって、自分が何を言葉にしているのかが分からなくなりました。

 

このとき、自分の中に以前とは違うことが起こっていることを明確に意識しだしました。

 

私は小学校2~3年ことろから、人前で話すのは苦手でそれを避けるようになっていました。

 

曖昧な記憶なのですが、多分授業中に僕がなにかを発言したときに、言い間違えてみんなから大笑いされ、そのとき先生も一緒に大笑いしていたという記憶があります。

 

そんな出来事があった気がするのです。

 

ただし、とても薄い記憶なので、実際はどうだったかはわからないのですが。

 

その出来事を境に、授業中に指されることをビクビクするようになった気がするのです。指されると、いつも頭が真っ白になり、まったく意味不明なことを言ってしまうことが、なんどかありました。

 

しかし、先生が気を使ってくれたのか?それとも私を指すと意味不明な発言をするが面倒くさくて指さなくなったのかわかりませんが、僕が指されることは殆どなくなりました。

 

とても、ラッキーというか、当時の記憶を思い出すと、なんとなく自分は指されないという安心感を持って過ごしていた気がします。

 

実際殆ど当てられずに過ごしてきました。

 

 

見出し小学校低学年のときの記憶


運が良いのかなんなのか、頻繁には人前で話をする機会が少なく過ごすことができていました。

 

人前ではなく、普通に友達と会話するのは、全く問題がなかったので、常に辛い状態というわけではなかったのですが、ピンチは度々訪れたのですが、なんとかやり過ごすことができていました。

 

小学生1年のとき親戚の集まりがあり、従兄弟が何やら、アニメソングを歌っていて、それを見た親たちがお前も一緒に歌ってご覧といってきた時は、思わず逃げ出したくなりました。

 

そのときは、素知らぬ顔で、無視した記憶があります。

 

今思いだすと、自分は人前で歌うなんで恥ずかしくて無理でしたが、その無理とうことを誰にも悟られたくなかったのです。

 

なので、無視するのが精一杯でした。

 

子供ながらに、自分が人前で話すことが苦手なことは何となく分かっていて、そのことを決して人には悟られたくないという、思いが強くありました。

 

それがばれることはとても恥ずかしいことに思えていました。

 

あがり症になった原因を知ることは重要だと思うのですが、今思い返してみると、やっぱり小学2年のときに授業中に笑われたことなきがするのですが、それも自信がありません。

 

その前にも苦手だった気もするのです。

 

私はたくさん心理学やNLP、セラピーなどを学びました。

 

それらの観点でいうと、「あがり症」を生み出した出来事を思い出すと、その出来事への意味付けを変えることで、「あがり症」は改善ケースがありますが、その出来事の記憶がどうも曖昧なのです。

 

もしかしたら、色々な出来事が複合的に絡みあって、生じたのかもしれません。

 

私は自意識過剰なところがあり、それも原因の一つだとも思います。

コメントを残す